発声運動エクセの高度な実施法
標準的実施方法に以下を加えることで、さらに効果を高めることができます。
上級-1 呼吸筋リラクセーション効果を高める
むねうえストレッチの効果を高める
以下を標準的方法に追加しましょう。
1)両手を組む
2)頭の上に挙げ胸を反りそのまま約20秒ストレッチする
3)両手を下げる
4)3回行ったら息を吸いながら両手を頭の上に挙げる
5)息を吐きながら両手を下げる(3回実施)
6)両腕を真横に上げ、腕はL字にし手のひらは上に向ける
7)両肘を背中の方に反らし胸を張るようにして約20秒ストレッチ
8)上を3回行ったら息を吸いながら同じように胸を張る
9)息を吐きながら元に戻す(3回実施)
注意点
・単に腕を上げるだけでなく、胸が広がるように反らしましょう。
・4〜5と8〜9が本番のストレッチです。
むねよこストレッチの効果を高める
以下を標準的方法に追加しましょう。
1)両手を組む
2)組んだ手を左右に回し体をねじる(20秒3回実施)
3)両手をだらりと下げて体を真横に倒す(20秒3回実施)
注意点
・正中線からずれないように、ストレッチしましょう。
・座面は動かさず、体幹だけが動くようにしましょう。
上級-2 喉頭筋リラクセーションの効果を高める
のどうえストレッチ(喉頭周囲筋ウォームアップ)
以下を標準的方法に追加しましょう。
1)下の画像の緑のラインで囲った部位に人差し指を当てる
位置は舌骨大角後方(下図の上の丸の部分)です。
図 舌骨大角と上喉頭動脈
2)首を指を当てた側へ少し向け、人差し指をわずかに押す
3)そのまま20秒維持
4)ストレッチしたまま「へー」と声を出す(5回)
声に変化がみられない場合は押す指の位置を少し変えましょう
5)続けて「ほー」「はー」も出す(5回ずつ)
6)反対側も同様に実施する
慣れるまでここまで練習してください
7)比較的思い通りの声が出るようになったら、「えーーー」と出来るだけ長く声を出す(3回)
8)「お」「あ」「う」「い」 もこの順で3回ずつ声を出す
注意点
・目標筋は中咽頭収縮筋です。
・これを緩めることにより後側方からの声帯〜喉頭全体への圧迫の軽減を図ることが目的です。
・上喉頭動脈がこの近くにありますので、これを圧迫しないよう注意して下さい(上図の下の丸部分)。
・その他の注意点はのどしたストレッチと同じです。
・これらも會田(2010)の方法を基にしています。
中咽頭収縮筋
起始:舌骨
停止:咽頭縫線
作用:舌骨を下げる、舌骨固定時は甲状軟骨を上げる
図 中咽頭収縮筋解剖図(菅本監修 teamLabBody 2013より)
上級-3 アシスト発声の効果を高める
いずれかの方法をアシスト発声としてやってみましょう
A マスキング法発声エクセサイズ
マスキング法とは、騒音下で反射的に声が大きくなる現象(ロンバール効果)を利用した声量増加エクセサイズです。これを反復することにより無意識的に発声関連筋の筋力増強を図ることができ、声量増加を定着させることができます。指示に従うことが難しい重度に認知機能低下しているケースでも無理なく実施できます。
1)周りの音が聴こえない程度の音量(95dBSPL相当)のホワイトノイズをヘッドホンで流す
2)この状態で文章の音読、または会話
3)声の大きさが変化していることを確認
4)ノイズ音量を徐々に減衰させる
5)声の大きさを維持可能な音量で固定する
6)その状態で音読、または会話を約15分間行い適時ノイズのon-offを実施
注意点
・反射的に筋を強く収縮させ、それを反復することにより筋力増強を図ります。
・ホワイトノイズとはザーッといういわゆる雑音で、オージオメータなどの発生装置を使うと音源として正確です。インターネットで検索すればサウンドファイルの形でも入手できます。
・複雑な指示が理解できなくとも会話や音読ができれば効果があります。
・簡便に実施可能なところが最大のメリットです。
・騒音に不快感を感じる方には適していません。
・これで充分な効果がみられない場合は、呼吸筋リラクセーションのウォームアップを併用してみましょう。
図 マスキングによる声量増加効果
B DAF発声エクセサイズ
DAFとはDelayed Auditory
Feedback(遅延聴覚フィードバック)の略で、この装置を用いてしゃべると自分の声がわずかに遅れて耳に聞こえます。本来は吃音治療に用いられるものですが、副次的に無意識に声が大きくなるという効果が確認されています。マスキング法と同様、これを反復することにより無意識的に発声関連筋の筋力増強を図ることができます。上を実施して効果があまりない場合に実施してみましょう。特に指示に従うことが難しい重度の認知機能低下例に向いています。
1)DAF機器とヘッドセットを用意
2)DAFを装用、文章を音読
3)実施前に比べ声量が変化していることを確認
4)潜時(Delay)を変化させ最も効果的な値に固定(標準130ms)
5)音読継続
ケース:DAFなしの場合
ケース:DAFありの場合
注意点
・マスキング法とDAFで効果に差はありませが、DAFはマスキング法よりもさらに簡便です。
・マスキング法に比べ、DAFは比較的自然に用いることができます。
・潜時(Delay)は自由設定できますが、130msで実施すれば概ね問題なく効果がみられます。効果がない場合に変化させてみて下さい。
・効果のみられない方もいます。
・DAF機器は「DAF assistant(R)」という名称でAndroidアプリやiPhoneなどのiOSアプリがありますので容易に入手し利用できます。費用も手頃です。
Phone/iPad アプリ「DAF assistant(R)」i(App Store)
https://itunes.apple.com/jp/app/daf-assistant/id309496166?mt=8
Android アプリ「DAF assistant(R)」(Google Play)
https://play.google.com/store/apps/details?id=com.artefactsoft.daf&hl=ja
図 DAF assistant(R)のアイコンと画面
アシスト発声の精度を上げる
以下を実現できれば効果は格段に上がります。
・発声がもっとも促進されるタイミングで発声すると効果が格段に上がります。
・発声がもっとも促進されるタイミングとは、息が充分に吸えて発声の準備が整い、かつ全身の緊張が緩む息を吐き始める瞬間のことです。
・筋緊張が著明なケースでも、その状態は常に一定なわけではなく、姿勢・身体の緊張・呼吸・心理状態・生体リズムなどの影響を受けて緊張が緩む瞬間が必ずあります。
・このような発声がもっとも促進されるタイミングを捉えるか、もしくは意図的に作り出せることができるようになりましょう。
・そのためには、自らをよく観察し、インターバルを用いて最適な状態を作り出しましょう。
・よい発声を実現させるタイミングをコントロールすることができれば、成功の確率は格段に高まります。
上級-4 ストレッチの精度を上げる
A ストレッチの効果を高める
・ストレッチの際にかける力の具合やストレッチ方向・ストレッチ時間・反復回数などを細かく調節できるとストレッチの効果を最大限に高められます。
・また、呼吸は意図的にゆっくり行うと、副交感神経の作用により心拍数が抑えられ筋が緩み、過緊張が軽減しやすくなります。この原理をストレッチ時に併用するとリラクセーション効果が高まります。
・さらに、吸気時と呼気時では呼気時の方が筋が緩みやすくなります。そこでストレッチを呼気の後半のタイミングに合わせて行うとリラクセーション効果が高まります。
・皆様それぞれで実施できる習得方法としては以下が効果的と考えられます。ご参考にして下さい。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー1) 「ブロードウェイを100回見ても踊れるようにはならない。マニュアル本を熟読しても泳げるようにはならない」という言葉があります。まずは実際に実施してみましょう。
2)徒手的な技術を正確に身につけるにはフィードバックを貰うことが最も重要かつ早道です。目的を共有する仲間と互いに役割を交代しつつ実施し、その感覚や効果をその都度フィードバックし合いましょう。試行錯誤していくことで時間はかかりますが、継続すれば技術を修正していくことができます。
3)最適な発声条件を素早く発見できるようにしましょう。そのためには柔軟な思考で様々な組み合わせを試してみましょう。
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B ストレッチ部位とテクニックの幅を広げる
・ウォームアップのひとつとして僧帽筋・棘上筋・板状筋などの頚部周辺筋のリラクセーションを事前に行うことで喉頭筋リラクセーションの効果をより高められます。
・胸郭上部・下部のストレッチだけでは呼吸筋リラクセーションの効果が不充分な場合に、斜角筋・菱形筋などの呼吸補助筋のストレッチができればリラクセーション効果を上げられる可能性が高まります。
・全身の過緊張がみられるパターンの場合には、背部・体幹筋のストレッチにより全身のリラクセーションを図ることができるとさらに効果的です。
・呼吸パターンが腹式優位な場合の呼吸筋リラクセーションとして、横隔膜ダイナミックストレッチができると効果がさらに上がります。
・ストレッチには様々な方法があります。指圧(押圧・点圧)やいわゆる揉みほぐし(揉捏)もストレッチの一種と考えることができます。手技のバリエーション化を図ることにより効果をさらに高めることができます。
*上記はいずれも技術的に習得が難しいものが含まれていますが、実技講習や動画公開などなんらかの形でお伝えできれば、と考えております。
実技講習を希望される方はこちらのメールフォームからご連絡ください。詳細につきご相談させていただきます。
上級-5 手技の組み合わせで効果を高める
最後にエクセサイズを実践する上で考慮すべき「手技組み合わせの効果」について述べておきます。
・下のグラフは、1)ストローブローイングを実施した場合、2)胸郭上部ストレッチを実施した場合、3)両者を併用した場合、でそれぞれの声量増加効果を調べたものです。
・症例1・2・6で実施後に声量増加がみられていますが、その中でも症例2と6はブローイングと胸郭上部ストレッチを単独で実施しただけでは声量は増加せず、両者を複合した場合でのみ声量増加がみられています。
図 手技の複合による声量増加効果
・また、下の音声サンプルは喉頭マッサージとDAFそれぞれでは充分な効果がみられなかったものの、両者を併用することで効果のみられたケースです。ご参考までにお聴きください。
●喉頭マッサージとDAF併用で効果のみられたケースの音声サンプル:
実施直前
喉頭マッサージ後DAF併用時
最終終了時
・以上のように発声運動エクセの手技は、単独では効果がみられないものの、複数の併用により初めて効果が現れることも少なからずあります。
・組み合わせはどうすれば良いか、手技の量はどのぐらい行えば良いか、順番はどうすればよいか、これにはおそらく定性的な答えはないものと思われます(ただし傾向については現在調査中です)。
・効果の有無を確かめながら、適切な組み合わせを突き止めるようにしましょう。エクセサイズを継続すれば、成功率はどんどん高まります。ぜひ挑戦してみてください。