発声の基礎知識|発声のしくみと発声トレーニング法
基礎-1 発声のしくみと必要条件
基礎-2 声の問題と標準的発声トレーニング
基礎-3 標準的発声トレーニングの効果と必要条件
基礎-4 高齢者・認知症・廃用症候群に伴う発声の問題の特徴
基礎-1 発声のしくみと必要条件
・声を出すために必要な条件は三つあります。第一に充分な呼気、第二に声門の適度な閉鎖、第三に声帯の適度な湿潤です。
・声を出すために呼気は絶対に欠かせません。声帯は笛と同じです。息が流れなければ声は出ません。それも充分な息の強さが必要です。
・安静にしているときの呼気の量が約500ml、圧力は1〜2cm/H2Oであるのに比べ、 発声時の呼気量は約1500ml、圧力は約4cm/H2O以上といわれています。私達が自然に吐いている息では圧力が弱く、ほとんど声にはなりません。
・私達が自然に吐いている安静時の呼吸では吸気筋しか用いていません。発声のためには吸気筋だけでなく呼気筋も用いる必要があります。呼気筋が充分に働いて初めて発声に必要な呼気が得られます。
・呼吸には胸式呼吸と腹式呼吸があります。どちらも肺に空気を入れる方法であることに変わりはなく、吸気筋と呼気筋に分かれていることも変わりありません。
・人により呼吸の様式は、胸式呼吸、腹式呼吸、胸腹式呼吸それぞれあり、胸式優位の胸腹式呼吸のこともあれば、腹式優位の胸腹式呼吸のこともあります。
・発声は腹式呼吸でなければいけないということはありません。大切なのは発声に必要な充分な呼気が得られていることです。
・また、声は左右の声帯が振動することにより出ます。声帯は息をするときには開いていますが、左右の声帯が閉じて、そのわずかな隙間を息が強く通ると声帯の粘膜が振動し声になります。
・声帯の隙間が広すぎると息がもれてかすれ声の気息声になったり、さらに広いとささやき声になったりします。
・反対に声帯を強く締め過ぎて隙間が開く余地がなくなってしまったり、声帯の締め方にムラがあったりすると、ガラガラ声の粗ぞう声や喉詰め声の努力声になってしまいます。
・きれいな声を出すためには、広すぎず狭すぎず適度な隙間が発声時の声帯に開いている必要があります。
・さらに、声帯には適度な湿潤も必要です。声帯は軟らかい粘膜でおおわれていますが、これが乾燥などで硬くなってしまうと適切な振動を起こせず、きれいな声が出せなくなります。声帯粘膜の滑らかな振動には適度な湿り気が欠かせません。
・この三つの条件がそろって初めて声をきれいに出すことができます。Top↑
呼吸時と発声時の声帯の図(日本音声言語医学会 2009より)
基礎-2 声の問題と標準的発声トレーニング
・一口に声がうまく出ない、といってもその中身には色々あります。
・ひとつは大きい声が出ないなどの声量の問題、次にかすれ声やガラガラ声などの声質の問題、さらに声が続かないなどの発声持続時間の問題、最後に高い声が出せないなどの声の高さの問題です。
・これに対する発声訓練(トレーニング)には多くの方法がありますが、これらは大きく二つの種類に分けられます。ひとつは適応症状対処的エクセサイズ(促通手段) 、もうひとつは包括的エクセサイズです。
・適応症状対処的エクセサイズとは、上に述べた声の問題を直接軽減・解消することを目的とした方法の総称です。
・代表的なものには、腹式発声、あくびーため息法、舌突出法、開口法、咀嚼法、指圧法、吸気発声法、声の配置法などがあります(下表参照)。
・ただしそれぞれの問題にどの方法が効果があるかはケースによって異なります。そのためこれを行う場合には試験的に色々な方法を試し、最も効果がありそうな方法を選択して発声トレーニングを行っていきます。
・包括的エクセサイズとは、呼吸や発声などの調整能力を高めることにより声の問題を軽減・解消しようとする方法の総称で、どのような声の問題にも適応できるという考えに基づいています。
・包括的エクセサイズにはアクセント法、レゾナント・ボイス療法、発声機能拡張訓練、リー・シルバーマン法 (LSVT)などの方法があります。
・包括的エクセサイズの多くは綿密にプログラム化されており、数週間のスケジュールで完結するようになっていますが、プログラムが全て終わらないと効果の有無が判らないため、途中でやめてしまうと効果がないというデメリットもあります。Top↑
表 適応症状対処的エクセサイズ (小池 靖夫 1999より)
基礎-3 標準的発声トレーニングの効果と必要条件
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発声トレーニング法には様々な種類のものがありますが、これらの中から適切な方法を選択し確実に実施すれば、多くの場合何がしかの効果が得られます。
・しかし実施のハードルは意外に高く、途中で練習をやめてしまったり、あきらめてしまったりというケースも珍しくありません。
・その理由の第一には、これらのトレーニング法の多くがこれまでに行ったことのない発声の仕方を再学習しなければならない方法であることが挙げられます。このような方法のことを行動変容型エクセサイズといいます。
・これまでの悪い発声の仕方を改め、新しい発声の方法を学び直すために慣れない非日常的な発声の仕方を覚え、なおかつそれを続けることは思ったよりも難しいものです。行動変容型エクセサイズで声を改善するにはこの壁を乗り越えねばなりません。
・城本(2007)によれば、新しく覚えた発声の方法を定着させるには最低1500回の反復練習が必要とのことです。一日30回練習したとして50日間必要です。休みが入るとそれだけ期間が長くなり、忘却も起こります。
・従ってこれらの行動変容型エクセサイズを確実に実施するには、自分の声に対する しっかりとした認識と声を変えたいという強い意志、そして意識的な努力が不可欠となります。Top↑
基礎-4 高齢者・ 認知症・廃用症候群に伴う発声の問題の特徴
・基礎-2で述べたような声の問題の多くは、いわゆる喉の病気、耳鼻咽喉科で扱う疾患、もしくは環境などによる発声習慣で生じます。声の疾患とは、声帯の腫瘍やポリープ、慢性咽喉頭炎、急性声門下喉頭炎、声帯結節、声帯肉芽腫、ポリープ様声帯、悪性腫瘍、声帯麻痺、喉頭浮腫、喉頭外傷、挿管麻酔後、変声障害、声の濫用、心因性失声、音声衰弱症、機能的音声障害、痙攣性発声障害などです。
・一方、脳梗塞や脳出血などの脳血管疾患やパーキンソン病などの変性疾患、廃用症候群・廃用性萎縮、老化(加齢サルコペニア)によっても声の問題は生じます。
・廃用症候群とは、過度の安静や活動性の低下によって心身に生じた変化の総称です。骨や筋肉に廃用性筋萎縮や廃用性骨萎縮、関節拘縮、廃用性心肺機能低下などの生理的な変化が実際に起こります。
・加齢サルコペニアとは、加齢による筋肉量低下・筋力低下のことを指します。
・耳鼻科疾患でも脳血管疾患等でも声の症状は同じです。しかし前者の改善が一般に良好であるのに比べ、後者は難しいケースが目立ちます。両者はこの点が大きく異なります。
・その第一の原因としては、疾患の性質の違いが挙げられます。
・耳鼻科疾患による声の問題は声帯の筋や神経に問題があることは少なく、声帯の形状や使い方に主な原因がある場合が多いとされます。対して脳血管疾患等では呼吸筋や声帯およびその周囲の筋・神経自体に原因があるとされています。
・00-3で述べた行動変容型エクセサイズは声帯の形状や使い方に主な原因がある場合には効果的ですが、呼吸筋や声帯およびその周囲の筋・神経自体に直接的に働きかけているわけではありませんので、脳血管疾患等が原因の場合には同じような効果が出にくいものと考えられます。
・さらに脳血管疾患等では認知症などの認知機能低下のケースや高齢のケースも多く、それらのケースでは発声練習に対するしっかりとした自覚や強い意志、努力といった条件が揃いにくくなってしまいがちです。これは行動変容型エクセサイズを完遂するには決定的な不利と考えられます。
・この差異は、今後高齢社会が進むに従って大きな問題になってくると考えられます。
・そのためには行動変容型エクセサイズではない、高齢者・認知症・廃用症候群に伴う発声の問題に適した発声改善策が必要と考えられます。特に呼吸筋や声帯およびその周囲の筋・神経自体に直接働きかける方法が求められます。それに答えうる方法が発声運動エクセサイズです。
具体的な実施手順は、「発声運動エクセ実施マニュアル|アセスメント」のページをご覧ください。
@PhysiexVoiceさんのツイート