発声運動エクセの概要|本法の適応・原則・効果
概要-3 発声運動エクセの原則:「ウォームアップ」「アシスト発声」
概要-1 発声運動エクセの概要
・「発声運動エクセサイズ」とは、「発声は運動のひとつである」という視点から発声を捉え直し、運動生理学的な理論や知見を基礎において発声に関連する筋のトレーニングを行うことにより発声の問題の軽減・解消を図ろうとする発声トレーニング法です。
・この場合の発声の問題とは、呼吸筋や喉頭筋に生じた問題や呼吸筋・喉頭筋の使い方が原因で「声が出しにくい」「声がかすれる」「声がつまる」「声が小さい」「声が続かない」などの症状を呈した状態を指します。心理的な原因によるものは除きます。
・トレーニングを科学的な視点から捉え直す機運が高まっている昨今は、発声トレーニングを運動面から注目することの意義も強調されてきています。発声運動エクセサイズはその考え方を特に推し進めたものです。
・発声運動エクセサイズでは、主に呼吸筋・喉頭筋の過緊張の抑制と可動域の拡張を目的として「ストレッチ」を、呼吸筋・喉頭筋の筋力増強を目的として「負荷運動」を用います。
・つまり発声運動エクセサイズとは、「ストレッチ」と「負荷運動」を適宜組み合わせて、主に呼吸筋・喉頭筋の柔軟性と可動域の拡張、そしてそれぞれの筋力増強を図ろうとする方法体系です。それにより発声に必要な充分な呼気と声門の適度な閉鎖を得て発声の促進を図ります。
・発声を運動として捉え、科学的根拠に基づいた運動トレーニングにより発声の問題の解消を目指す方法であることから、、ここではこの方法を「発声運動エクセサイズ(発声運動エクセ)」と称します。
・なお必ずウォームアップと負荷運動を実施するわけではなく、ケースや方法によっては負荷運動を行わずストレッチのみで筋力増強を図ることもあります。詳細は「ストレッチ/筋力増強の原理」の項をご覧ください。Top↑
発声運動エクセの基本理念 |
@発声をひとつの運動として捉える |
A運動生理学的な知見を基盤にしてトレーニングを組み立てる |
B呼吸筋・喉頭筋の柔軟性と可動域の拡張および筋力増強により発声の促進を図る |
概要-2 発声運動エクセの適応と利点
・発声運動エクセは、呼吸機能や喉頭機能の問題が原因で生じている発声の問題から、特に神経や筋肉に問題がない喉頭筋の使い方の問題が原因で生じている発声の問題まで、すべてに適応があります。ただし理的な原因によるものは除きます。
・発声運動エクセでは主に呼吸筋・喉頭筋の柔軟性と可動域の拡大、および筋力増強を図ります。すなわち発声に関連する筋自体に直接働きかけますので、筋自体に問題を持つ脳血管疾患(脳出血や脳梗塞等。パーキンソン病などの変性疾患も含む)・廃用性萎縮/廃用症候群・老化(加齢サルコペニア)等に伴う発声の問題には特に適していると考えられます。
・脳血管疾患や高齢者・認知症のケースでは指示理解困難、病識欠如、耐久力低下、認知機能低下などを伴うことも多く、それにより意図的努力が難しいとか、これらの方法に馴染めないなどの理由で標準的な方法がうまく実施できなかったり、効果が得られない場合がどうしてもあります。
・発声運動エクセは、ストレッチなどの方法を多用しますので、必ずしもご本人の努力や理解を必要としません。従って標準的な発声トレーニングの実施が難しかったり、意図的努力が得られないケースには特に有用と考えられます。
・具体的には、失声状態/声量低下のケース、発声持続時間低下のケース、過緊張発声のケース(粗造声、気息声、努力声、声域上昇)などが挙げられます。Top↑
発声運動エクセの利点 |
@筋自体に原因があるケース(脳血管疾患・廃用症候群等)に有利 |
A通常の発声トレーニングや意図的努力が難しい高齢者や認知症のケースに有利 |
概要-3 発声運動エクセの原則:「ウォームアップ」「アシスト発声」
・発声運動エクセでは、まずフローチャートによって声の問題がどのような原因によって生じているか科学的に推定します(アセスメント)。
・フローチャートで表示されたアセスメント結果に従って、推定される解剖学的部位(筋肉)に、効果があると考えられる実施すべきプログラムを順に行っていきます(プログラム)。
・発声運動エクセのプログラムは、原則として「ウォームアップ」と「アシスト発声」から成っています。
・発声運動の効果的な促進には、準備運動にあたる「ウォームアップ」と、発声しやすい環境を調整する「アシスト発声」の組み合わせが不可欠です。この2つが揃って実施されてこそ最大の効果を発揮すると考えられます。
・発声運動エクセで多用するストレッチや無酸素運動などテクニックの多くは「ウォームアップ」に相当します。標準的トレーニングの中には発声環境を調整する方法が含まれますので、それを「アシスト発声」として適用し、組み合わせて実施します。
・従って発声運動エクセは標準的トレーニングとの併用を基本としています。
・「アシスト発声」として適当な治療的な標準トレーニング法としては、声量増加に対してはプッシング法・マスキング法・アクセント法・リー・シルバーマン法(LSVT)など、声質の問題を軽減・解消させる方法としては軟起声/h起声・高音発声・あくびため息法・笑い声発声・チューブ発声法・プッシング法・アクセント法・LSVTなどが挙げられるでしょう。発声持続時間の延長のためには、発声機能エクセサイズ・アクセント法・LSVTなどがあります。発声運動エクセではこれらの方法またはその一部をアシスト発声として用います。
・なおウォームアップに相当する発声運動エクセとしては、 呼吸筋ストレッチ・喉頭ストレッチ・負荷ブローイングなどの方法が中心となります。
・この他にも発声運動エクセではマスキング法や遅延聴覚ディードバック(DAF)などの方法も用います。
・発声運動エクセは従来の標準的発声トレーニングと対立するものではなく、併用によりその効果を高めようとするものです。
・詳細はそれぞれの項目の最後、「エクセサイズの実際」の項をご覧ください。Top↑
概要-4 発声運動エクセの効果(+サンプル音声)
・発声運動エクセの目指す理想的な効果は、実施後にその場で声に変化(声の問題の軽減・解消)が起こることです。
・声に変化がみられたということは、その時の呼吸筋や発声筋が適切な状態になり、能力を充分に発揮して運用できたということになり、かつ方向性が正しいということになるからです。
・これを可能な限り再現して反復することで、筋肉の状態が変化し、その運動パターンが定着しやすくなります。それにより発声が目指す方向に変化していきます。
・従ってまずエクセサイズにより声を変えることが最初の目標になります。
・これまでの実績によると、初回で声が変わる率は概ね3割〜5割程度です。
・初回で声が変わらなくても、数回の実施のうちに変わることもありますので、諦めずに継続してみて下さい。
・エクセサイズは毎日行えれば理想的ですが、週2〜3回行なうことができれば充分効果を得られます。週1回よりも少なくなってしまうと効果は限定的になってしまいます。
・無意識に、とまではいかないまでも、常に意図的に最適な発声状態を文程度の長さの発話で再現できるようになれば終了段階に至った、といって差し支えない状況です。
・総合すると最終的に概ね7割程度の方に何らかの声の変化がみられています。
・ケースによって異なりますが、毎日エクセサイズを実施できた場合にはおよそ2〜3ヶ月、週2回の場合はその2倍の期間が最終終了までの目安となります。Top↑
発声運動エクセ実施直前と実施直後および最終終了時の声の変化のサンプルを聴いてみて下さい。
●失声状態・声量低下のケース
ケースA
実施直前
最終時
ケースB
実施直前
実施直後
最終時
<
ケー
スC
実施直前
最終時
●嗄声・過緊張発声のケース
ケースD
実施直前
実施直後
最終時
ケースE
実施直前
実施直後
最終時
概要-5 発声運動エクセと他の方法の違い
・発声運動エクセと他の発声練習方法では原理から異なります。
・ほぼ全ての発声練習法は『声の出し方を変える』ことを根本原理に置いています。
・『声の出し方を変える』とは、今まで小股で歩いていたのを大股歩行に変えるように、行動のパターンを変えることです。新たに学習し直すといった方がいいかもしれません。今まで無意識にしていた行動パターンを、意識して新しい行動パターンに変えるということです。
・そのため『声の出し方を変える』練習法は発声行動変容法といわれます。
・一方、発声運動エクセが変えるのは、行動パターンではなく筋肉そのものです。
・発声運動エクセは筋構造と神経伝達性などを根本から作り変えることにより、発声の問題の原因となっている呼気不足とか喉頭の過緊張などの軽減・解消を図ります。
・発声運動エクセで負荷運動による筋力トレーニングやストレッチを中心的に用いるのは筋構造や神経伝達性などを作り変えるためです。
・筋肉そのものが変われば発声も変わりますし、意識・無意識は関係ありませんので自覚に乏しい方、高齢の方でも行えます。一度変わってしまえば原則として元に戻ることもありません。
・ただし筋構造と神経伝達性などを根本から作り変えるには相応のトレーニングと期間が必要です。また中途半端なやり方やいい加減なやり方では筋構造を変えられません。
・発声行動変容法でも今まで使っていなかった部位を使うことにより、結果的に筋力トレーニングになることはあります。また発声運動エクセにも行動パターンの学習的な側面は入っています。しかし元々の根本原理は全く異なっている、ということは知っておいていただきたいと思います。
・ただし発声運動エクセの科学的な根拠、いわゆるエビデンスについては確立されておりません。
・エビデンスを確立するためには多くのデータの集積と再現性の証明が必要ですが、このような発声研究では、呼吸、声帯、姿勢、乾燥、疲労、体調、心理状態、実施技術など多くの要素が関連し複雑化しており、条件を統制してデータを揃えることが難しいためです。
・しかしエビデンスとして証明されていないからといって用いていけない訳ではありません。もし不確定のものは用いられないということであれば、データが集積する前の新しい方法はすべて使えなくなってしまうでしょう。
・未だ確立されていない方法ですが、発声運動エクセを試みる価値は充分にあると考えられます。多くのケースで用いられれば、データは集積され完成に近づくいていくことでしょう。ぜひ試みていただければと思います。
次項では発声運動エクセを行う上で押さえておくべきストレッチと筋力増強の原理・原則や注意点について解説します。
概要-6 参考・引用文献
A E Aronson (著), D Bless (著)
「Clinical Voice Disorders (4th edition)」
Thieme;2009
D R Boone (著), S C McFarlane (著), S L Von Berg (著)
「Voice and Voice Therapy (7th edition) 」
Allyn & Bacon;2004
James H. Clay (著), David M. Pounds (著), 大谷 素明 (翻訳)
「クリニカルマッサージ
―ひと目でわかる筋解剖学と触診・治療の基本テクニック」
医道の日本社;2004
會田 茂樹
「喉ニュース」 http://aidavoice.exblog.jp/ ;2010
石井 直方(著)
「究極のトレーニング 最新スポーツ生理学と効率的カラダづくり」
講談社;2007
廣瀬 肇 (著, 監修), 城本 修 (著), 小池 三奈子 (著), 遠藤 裕子 (著), 生井 友紀子 (著) 「STのための 音声障害診療マニュアル」
インテルナ出版; 第1版;2008
苅安 誠 (著), 城本 修 (著)
「音声障害 (言語聴覚療法シリーズ) 改訂版」
建帛社;2012
小池 靖夫 (著)
「音声治療学―音声障害の診断と治療」
金原出版;1999
菅本 一臣(監修)
「teamLabBody-3D Motion Human Anatomy-」
チームラボ株式会社;2013
鈴木 重行(編)
「IDストレッチング 第2版」
三輪書店;2006
竹内 正敏(編)
「筋の生理から運動指導・手術療法まで 歯科臨床が変わる筋機能学こと始め」
砂書房;2012
千住 秀明 (編著),
「呼吸リハビリテーション入門 理学療法士の立場から 第4版」
神陵文庫;2004
西尾 正輝 (著)
「ディサースリアの基礎と臨床 (第3巻)」
インテルナ出版2006
日本音声言語医学会 (編)
「新編 声の検査法」
医歯薬出版;2009
荻野 仁志 (著)、磯野 仁彦 (著)
「医師と声楽家が解き明かす発声のメカニズム」
音楽之友社;2004
望月 久 (編), 山田 茂 (編)
「筋機能改善の理学療法とそのメカニズム
―理学療法の科学的基礎を求めて 第2版」
ナップ;2007
福永 哲夫(編)
「筋の科学事典」
朝倉書店;2002
弓場 徹 (著)
「改訂版 プログラムCDつき 奇跡のボイストレーニングBOOK」
主婦の友社;2013
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