発声運動エクセの概要|ストレッチと筋力増強実施の原理・原則
原則-1 筋の作用と筋が硬くなる原因
原則-2 筋の柔軟性低下と柔軟性回復の生理学的説明
原則-3 筋の柔軟性低下の改善方法
原則-4 ストレッチの種類と適応・実施量
原則-5 ストレッチ時の注意点
原則-6 筋力増強の仕組み
原則-7 発声運動エクセとストレッチ・無酸素運動
原則-8 発声運動エクセと姿勢
原則-9 筋力増強と栄養
原則-1 筋の作用と筋が硬くなる原因
・筋肉は動かさないでいると硬くなってしまいますが、これは筋の作用と関係しています。
・筋肉の作用(機能)は主に4つあります。その中で最も主要な作用は筋収縮、すなわち運動の源としての働きです。
・筋収縮の欠如による柔軟性(弾性)の低下は、筋が硬くなる原因の第一です。機械を動かさないでいると作動しにくくなるのと似ています。筋繊維の柔軟性は伸び縮みを繰り返すことで保たれています。
・その他には、体温の保持・筋ポンプ作用・衝撃吸収などの作用があります。
・体温の59%は骨格筋で生成されており、筋肉は熱源として機能しています。寒冷状態の環境では筋は萎縮し硬くなりますが、筋は熱源ですので運動すれば寒冷状態は解消に向かいます。しかしその運動が乏しいと寒冷化は解消されず、ますます筋も硬くなります。
・また筋肉は運動することにより血液・リンパ液の循環を促すポンプ作用をしています。循環不全状態になると血液・リンパ液が鬱滞し、それも筋が硬くなる原因になります。運動による筋ポンプ作用で血液・リンパ液の循環は促進されますが、運動欠如は筋ポンプ作用が働かなくなることを意味します。
・さらに筋肉はその弾性により衝撃吸収(ショックアブソーバー)の作用も担っています。弾性が減少すると外部からの衝撃を吸収できなくなり、外傷も発生しやすくなります。
・このように運動が欠如すると、筋はその作用ができなくなり筋はますます硬くなって行きます。逆にいえば筋は運動を行うことで自らを維持しています。
・このような運動の欠如が呼吸筋・喉頭筋に起これば、これらは硬くなり充分働かなくなります。それにより必然的にも声に問題が出てきます。Top↑
原則-2 筋の柔軟性低下と柔軟性回復の生理学的説明
・筋肉が硬くなる、すなわち柔軟性が低下した場合には、筋肉の構造そのものにも変化が起こります。
・望月ら(2007)によれば、筋肉の柔軟性低下の状態が続くと筋軟部組織の短縮・委縮が生じることが報告されています。
・ストレッチでは筋を持続的に伸長させますが、筋の持続的な伸長はゴルジ腱器官(腱紡錘)を興奮させます。
・ゴルジ腱器官とは腱の筋腱接合部に在って筋繊維に対して直列に存在する細胞内組織です。ゴルジ腱器官は興奮すると当該筋の興奮を抑制するように働きます。筋の長さの変化と張力の変化を感じ筋の収縮を抑制します。
・筋の興奮の抑制により筋の緊張は抑制され、筋は弛緩して柔軟性の回復に繋がります。
・ストレッチによる筋の柔軟性の回復はゴルジ腱器官の作用による、と解釈することが可能です。Top↑
原則-3 筋の柔軟性低下の改善方法
・上で述べたように筋が硬くなって柔軟性が低下する原因には幾つかの種類があります。
・循環不全が原因の場合には、ストレッチ(マッサージ)やバイブレーション(振動刺激)、他動・自動運動、リラクセーションなどが向いています。自動運動とは自ら動かす運動(筋収縮を伴う動き)、他動運動とは他者に動かしてもらう運動(筋収縮を伴わない動き)のことです。これにより循環不全状態の軽減・解消を図ります。
・寒冷が原因の場合には温める温熱療法が良いでしょう。
・そして筋収縮の欠如、つまり不使用が原因の場合にはストレッチ (マッサージ)やバイブレーション、他動・自動運動が向いています。
これにより筋の柔軟性の回復を図ります。
・下のグラフは呼吸体操とモビライぜーション法(呼吸ストレッチ)の効果を比較したものです(望月ら 2007)。胸郭拡張差・肺活量ともにストレッチの方が効果的であることが示されています。Top↑
図 呼吸体操とモビライぜーション法(呼吸ストレッチ)の効果の比較
(望月ら 2007より)
原則-4 ストレッチの種類と適応・実施量
・発声運動エクセではストレッチを主要な方法として用いますが、ストレッチには幾つかの方法があります。ここでは二つの方法を紹介します。
・第一はスタティックストレッチ(静的ストレッチ)です。無理のない程度に筋肉が伸ばされた状態をしばらく(15〜60秒間)保持する方法です。
・スタティックストレッチの効果は、筋紡錘をリセットさせ伸張反射による初期の筋収縮を減少し筋をリラックスさせることにあります。
・第二はダイナミックストレッチ(動的ストレッチ)です。自発的な動きの中で行うストレッチ方法です。
・ダイナミックストレッチの効果は、拮抗筋の筋緊張を抑制しながら可動域を広げ筋力を高めることにあります。拮抗筋とは筋運動をする際に反対の動きをする筋肉のことです。
・発声運動エクセでは、これらのストレッチを触診し硬いと感じる筋に実施します。
・まずスタティックストレッチで目標筋の過剰な筋緊張を軽減させつつ可動域を拡大し、続いてダイナミックストレッチで可動域を拡大しつつ筋力増加を図る、というのが基本的な流れになりますが、どちらか一方のみの実施で効果が得られるようであれば両者を行う必要はありません。
・なおストレッチの実施量としては決まったものはありません。筋の柔軟性が触診できる程度までの実施が目安となります。
・また同箇所の反復ストレッチは痛みや疲労のもとになるため避けましょう。 反復が必要な場合にはインターバルを入れることが推奨されます。Top↑
原則-5 ストレッチ時の注意点
・ストレッチといわれてもどうやっていいか分からないし難しそう、それに筋を痛める心配がある、そういう声をよく耳にします。
・確かに一口にストレッチといっても実施の仕方によって効果は大きく変わります。やり方によっては危険な面もないではありません。
・ストレッチ技術をしっかりと修得するには直接指導を受けるのが最も早道です。それは間違いありません。そのために少しずつ実技講習もさせていただいておりますが、なかなか機会に恵まれないことも事実です。
・そこで以下にストレッチのポイントを述べておきます。これらを抑えておけばストレッチをかなり効果的に、かつ安全に行うことができるでしょう。
1)タッチ・ホールド・ストレッチはソフトに
・人間は外界からの刺激に敏感で、特別に意識をしていなくても急に外界から刺激されると反射的に防御態勢をとります。ストレッチを実施するには筋に触れることが必要ですが、急に筋に触れたり、こちらが余計な力を入れていると相手の筋緊張を誘発させてしまいます。そのようなことにならないようにしましょう。
・そのためにまず直接皮膚には触れないようにしましょう。必ずグローブをするか、タオルなどの上から触れるようにしましょう。また触れるときにはソフトにタッチし、ストレッチ時にホールドしている手(掴んでいる手)も余分な力をいれず、特に指先の力は抜いて手のひら部分で包むようにして下さい。さらにストレッチそのものもゆっくり行いましょう。
2)筋の起始と停止を意識し引き離すように行う
・筋が骨に付着している両端二カ所のことを起始と停止といいます。
・この二点を筋繊維走行方向に沿って正反対方向に伸ばすのが最も効果的です。
・伸ばす方向がずれるとストレッチの効果は充分でません。解剖図を参考に、正反対方向を理解しておきましょう。
3)痛みは筋線維を傷つけるため決して与えない
・痛みを感じると筋伸張反射を誘発させてしまいます。
・筋伸張反射とは、筋が急激に引き伸ばされるとそれを筋感覚器官が察知して中枢神経に伝え、中枢神経では筋が伸ばされたことに対してすぐに筋を収縮させる指令を出し、急激に引き伸ばされた筋を収縮させる「防衛反応」です。
・筋が収縮した状態で伸ばし続けると筋線維は切れて傷ついてしまいます。いわゆるもみ返しもこれによる痛みです。怪我には特に注意しましょう。
・また反動をつけると筋が収縮した状態で伸ばすことになるため筋線維を痛めてしまいます。注意しましょう。
安全かつ効果的にストレッチを実施するために、これらのポイントをしっかり押さえておきましょう。Top↑
原則-6 筋力増強の仕組み
・筋力の増強は負荷運動によってなされます。負荷運動とは邪魔なものを押しのけて行う運動のことで、いわゆる筋力トレーニングです。代表的なものはバーベルなどを使った運動です。
・負荷運動を行うと筋は微細なダメージを受けます。その後休養を取ることで筋に適応反応が生じダメージの修復がなされます。このタイミングで再度負荷運動を行うと、もとの筋力よりも増強されて回復します。
・これを超回復といい、この考え方を超回復理論といいます。
・この時、再負荷しないと超回復は起こらないといわれ、また休養が足りないとオーバートレーニングとなり充分な筋力増強は起こらないとされています。これが筋力増強の仕組みです。
・また筋には筋持久力の増強に向いている遅筋(タイプT)と瞬発力増強に向いている速筋(タイプU)があります。
・速筋はさらにタイプUA、タイプUBに分けられます。
・有酸素運動は心肺機能向上による全身持久力増強に向いていますが、負荷運動は個々の筋力(瞬発力)増強に向いています。
・負荷運動での筋力増強に必要な有効トレーニング回数は、増強したい筋に遅筋が多い場合で13回以上、遅筋と速筋の比率が平均的な場合で8〜12回、速筋が多い場合で7回以下と言われています。
・この場合の運動強度は最大筋力の60%程度の力での運動が原則とされています。Top↑
原則-7 発声運動エクセとストレッチ・負荷運動
・以上を踏まえ、発声運動エクセがストレッチと負荷運動を主に用いる理由を述べます。
・発声運動エクセでは、脳梗塞や脳出血などの脳血管疾患やパーキンソン病などの変性疾患・廃用性萎縮/廃用症候群・老化(加齢サルコペニア)、もしくは喉頭筋の使い方の問題が原因で生じている失声状態/声量低下・発声持続時間低下・過緊張発声(粗造声、気息声、努力声、声域上昇)を主な対象として想定しています。
・これらのケースでは、それぞれの疾患が原因となって、筋の柔軟性低下が呼吸筋・喉頭筋に生じたこと、また発声の実現に充分な筋力が呼吸筋・喉頭筋に備わっていないことにより、このような声の問題が出たと考えられます。
・特に高齢者では、肋間筋・横隔膜ともに遅筋が著明に萎縮し、速筋優位となるといわれています(長澤 1999)。
・発声運動エクセでは呼吸筋・喉頭筋の柔軟性と可動域の拡張、もしくは過緊張抑制の手段として主にストレッチを用いますが、ストレッチを用いるメリットは、ストレッチがバイブレーションや自動運動、アイシングなどの他の柔軟性促進の方法と比較して遜色ない効果を持ち、むしろ優れているとする報告があること(峯松 2009)、また必ずしもご本人の努力や理解を必要としないため、標準的エクセサイズの実施が難しかったり、意図的努力が得られないケースでも実施しやすいと考えられるところにあります。
・同じく発声運動エクセでは、発声状況を有利にするための呼吸筋の筋力増強の手段として「無酸素運動」を用いますが、それは負荷運動増加や、それによる喉頭コントロールの向上、また喉頭の負担を減らすことによる喉頭の過緊張軽減が可能と考えられるためです。
・発声運動エクセでは、これらの組み合わせにより、発声に必要な充分な呼気と声門の適度な閉鎖を得て発声の促進を図ります。 Top↑
原則-8 発声運動エクセと姿勢
・姿勢は発声に大きく関係してきます。
・なにげなく立ったり座ったりしているようでも、首の角度・手や肩の位置・骨盤の傾きや体幹の角度・足の置き方などで、無意識に呼吸筋や喉頭筋に力が入ってしまって、過緊張状態を作り出してしまっていることがあるからです。
・過緊張状態では筋は最大限のパフォーマンスを発揮できません。
・発声運動エクセで用いるストレッチ・負荷運動時にも、効果を最大限に引き出すために、可能な限り筋がリラックスした状態で実施することが必須です。
・そのために発声運動エクセでは以下をエクセサイズ時の基本姿勢とします。
1)椅子で座位姿勢をとる。
2)その際、椅子には深く座る。
3)足はやや開いてかかとをしっかり床に着ける。
4)体幹は背もたれにもたれさせる(前かがみにならない)。
5)顎はやや引いて視線は正面やや上にする。顎を上げないこと。
6)前腕はももの付け根に置き、肩は落とすようにする。
7)正面から見て、左右のバランスが崩れていないかチェックする。
・エクセサイズを実施して声が変化しない場合には、この姿勢が崩れていないか改めてチェックしてみましょう。
・チェックしても姿勢に問題がない場合は、より呼吸筋・喉頭筋の過緊張を抑制しやすい姿勢として、臥位(あお向け)姿勢でのエクセサイズがあります。
・臥位姿勢ではさらにリラックスしやすくなるため、効果は出やすくなります。
・ただし単なる臥位姿勢=リラックス姿勢ではありません。臥位で実施する場合は、枕で首を少し上げ、膝の下にクッションなどを敷いて膝を少し曲げるようにしましょう。肘は床面につけ、上腕から手のひらはももの付け根に乗せます。首・肩の緊張が高い場合は肩から肘の下にクッションを入れましょう。
・臥位より座位、座位より立位のほうが身体は緊張しやすいため、臥位で良い声がでるようになっても、座位、立位で良い声が出るとは限りません。臥位が良い声が出るようになったら、座位・立位と条件をレベルアップしましょう。
・どの場面でも条件でも、エクセサイズは最もリラックスした姿勢のもとで行うよう配慮しましょう。 Top↑
原則-9 筋力増強と栄養
・最後に発声運動エクセと栄養の関係について触れておきます。
・発声運動エクセでは筋力増強による筋構造の作り変えを目的としています。
・筋力が増強されるためには、トレーニングの後、回復過程で筋繊維が合成されねばなりません。
・その際、筋合成に必要な栄養素が充分に供給されていれば合成は促進されます。
・一方、筋合成が起こるタイミングで栄養素が足りなければ、筋合成の効率は落ちることになります。
・筋合成のタイミングはトレーニング後30分以内とされています。
・従って発声運動エクセの効率をもっとも高めるために、トレーニング後30分以内のタンパク質摂取(牛乳・チーズなどの乳製品)をお薦めします。
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